司祭の言葉 1/15

年間第2主日 (ヨハネ1章29-34節)

 皆さんお変わりございませんか?
 この冬は、新型コロナウイルスの第8波とインフルエンザの流行が、懸念されています。施設でのクラスターも増えているようですので、教会もクラスターが起こらないように気を引き締めてゆく必要がありますね。

 さて、今日のみ言葉ですが、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、べタニアで自分の使命について証しをした、翌日の出来事です。
 ヨハネが自分のほうに来るイエスを見て弟子たちに「世の罪を取り除く神の子羊だ」と語った個所になります。

 「世の罪を取り除く神の小羊」はミサの中でお馴染みの言葉ですが、ヨハネが語った「神の小羊」とはどのような意味なのでしょうか。

 最初に思い起こすのは、出エジプト記12章にあるエジプト脱出の晩の物語から、小羊は神の救いのシンボルとなったことです。この時以来、イスラエルの民は毎年、過越祭に小羊を屠ってこの救いの業を記念しました。 過ぎ越しの小羊と呼ばれています。
 ヨハネがイエスに出会ったときにも、過ぎ越し祭の犠牲の小羊として役立つために、あちこちの田舎から追い立てられてくる小羊の群れが、そばを通り過ぎて行ったに違いないと、聖書学者のバークレーはかたっています。

 エジプトで奴隷となっていたイスラエルの人々を、解放したのは、過越しの小羊の血でした。ヨハネがイエスを指し示して「世の罪を取り除く神の子羊だ」といったとき、罪の奴隷状態にある私たちを解放するのは、このお方だと思いながら言ったのだろうと思います。

 また、イザヤ53章7節には「屠り場に引かれる小羊のように/毛を切る者の前に物を言わない羊のように/彼は口を開かなかった」という言葉があります。
 これは苦しみをとおして多くの人の罪をあがなう有名な「主のしもべ」について語られている箇所です。ヨハネはこの言葉を思い起こしながらこういっているのでしょう。
 「イザヤはこの預言の言葉を語った時、その民を愛し、そのために犠牲となり、そのために死ぬであろう者を思い浮かべていた。そのお方が今ここにいる」・・・と。

 さらには、私も忘れがちなのですが、ヨハネの父ザカリアは、祭司だったことです。西暦70年に神殿が崩壊するまでずーっと、神殿では毎日朝晩、人々の罪の許しを願って、雄の当歳の小羊の生贄がささげられていました。ヨハネはそれを間近に見ていたはずですから、この罪の許しのためのいけにえを思い浮かべたかもしれません。

 しかしながら、この箇所では「神の小羊」という言葉の意味よりも、洗礼者ヨハネが 「見よ!」と弟子たちの注意をイエスに向けさせていることが大切なのです。この言葉によってヨハネの弟子たちはイエスの後についてゆくことになるのですから。
ヨハネの弟子にとってもその時、「神の小羊」という言葉は、何を指しているのかわからなかったのではないでしょうか。

 「”霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である」(33節)。

この言葉の意味も考えてみましょう。
 洗礼の元のギリシア語は「バプティスマbaptisma(水に沈めること)」です。
ヨハネは回心のしるしとして、人々を水の中に沈めていました。
そのヨハネが、「イエスは聖霊の中に人を沈めるお方だ」、というのです。

 皆さんは漬物はお好きでしょう。 いろいろな漬物がありますが、わたしは山形の「おみ漬け」がだいすきです。母が山形の出だったので、毎年おみ漬けを一樽は作っていました。この漬物は日の当たらない北側の軒下に置かれていましたので、いつも薄氷が張っていました。氷の張った桶から出したばかりの、ぱりぱりとした歯ごたえの漬物の味と香りは、子どもの頃のなつかしい記憶です。

 「洗礼を授ける(バプティゾーbaptizo)」という言葉を、を「漬ける」と訳した人がいます。「聖霊によって洗礼を授ける」は「聖霊漬けにする」と言ってもよいかもしれません。

 わたしたちが「聖霊漬け」になるというのはどのような意味でしょうか。 

 「一人一人が愛によって歩む、聖霊の香りを放つ者になる」ことだと言ってもよいかもしれません。エペソ人への手紙でパウロは次のように語っています。

「キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。」(5の2)

 今日のミサの中で、洗礼を受けた当時のことを思い起こし、聖霊のよい香りを放つことのできる恵みを、ともに祈りたいと思います。

司祭の言葉 2022年6月〜12月

司祭の言葉 12/25

主の降誕

 主の降誕おめでとうございます。私たちは待降節の間主の降誕を準備してきました。どのような備えができたのでしょうか。
 イエス誕生の知らせを真っ先に受けたのは、野原で野宿をしていた羊飼いたちでした。わたしは、そのことに思いを馳せます。そして一向に進歩しない己を反省します。

 もう22年も前になりますが、そのころは2000年問題としてコンピューターの誤作動による大混乱が起こるのではないかと危惧されていました。そしてもう一つ、断捨離という言葉が人々の口の端に登るようになっていたのを覚えていらっしゃいますでしょうか。
 当時わたしも「捨てる技術」という本を読んで、大いに啓発されました。
 著者の辰巳渚さんという方が、「ものは収納スペースいっぱいに増える運命にある。本が溢れて仕方がない人が、本棚を買い足した途端すぐそこもいっぱいになって、また床や階段に本が溢れる事態は良くあることだ」・・・と語っていました。

 わたしは物を大切にするのは美徳であるという時代に生まれていますから、どうしても物が捨てられません。ついついもったいないと思ってしまうのです。

 それで私は、いつか痩せることを夢見て持っていた司祭になりたての頃に手に入れた三つ揃えのスーツと、ナナハンに乗っていた時のブーツ、一度も履いていない冬用のブーツなどを処分しました。物の無い時代に生まれましたので、捨てるときには罪悪感にとらわれ、胸が痛みました。結局このときの「捨てる辛さ」が、安易に物を買うことへのためらいにつながり、本当に必要な物を大切にする気持ちを、芽生えさせてくれるのではないかと思います。そしてかなりのものを処分したのですが、22年経った今、わたしの部屋には再び物が溢れています。

 山本周五郎全集の本のごときは、何時かゆっくり読もうと思いながら、50年も持ち歩いています。大阪の釜ヶ崎日雇い労働者を支援している方々が、本を寄付してほしいと願っているので、この本ともおわかれしましよう。私にはもう一度断捨離の決断が必要です。最近は電子書籍というものがありますから、検索し、パソコンで読むことも可能となっています。本は必要としている人たちに役立てていただくのが一番だと結論に思い至りました。

 さて、クリスマスになるとどこの教会にも飾られている馬小屋ですが、何故飾られているのでしょうか。何のためにでしょう。そして誰が始めたのでしょう。

 馬小屋は聖フランシスコが初めて作ったと言われています。福音の勧め通り何も持たず全てを神に委ねて生活しようと、托鉢しつつ福音的清貧の生活を送ったフランシスコは、イエスの清貧を弟子達に教えるために馬小屋を作ることを思い立ったのだそうです。

 17日のニュースだったと思いますが、戦時下のウクライナで大きなクリスマスツリーが飾られイルミネーションが輝いていました。ロシアによる攻撃で発電所が狙われ、電力不足となって、電気を使うことのできるのは一日にほんの数時間とのこと。思うように使うことができない中で、希望の光として灯されたのだと思います。今ウクライナではあらゆるものが不足しています。
 ある日のニュースの中で、家族を守るために避難することを選択したご婦人がインタビューに応えて「故郷にいるときはあれも足りないこれも足りないと思っていました。でも今思えば、何でもありました。」と語った言葉が印象的でした。

 イエスは家畜小屋で生まれました。飼い葉桶がゆりかごでした。
 貧しさの極みの中で生まれたイエスは、私達に何を問いかけているのでしょうか。
クリスマスは貧しさの中に生まれた・・そして、貧しい者は幸いであると言われたイエスの言葉を思い起こし、イエスが愛されたように貧しい者、やめる者、苦しむ者、迫害されている者、とらわれている者、異国の地にあって苦しんでいる者を思いやる時です。

 羊飼い達に告げられた天使のメッセージは「今日あなた方のために救い主が生まれた・・」というものでした。それは、小さくされているあなた方のために・・ということなのです。

 幼子降誕の記念の日に当たって、モノあまりの時代にあってもいたずらにモノをため込むことなく、本当の意味で物を大切にし、世界中の苦しんでいる人困っている人と連帯することの出来る恵を共に祈りたいと思います。

司祭の言葉 12/18

待降節第4主日A年

 川口教会では毎年道路に面したところに馬小屋を作っていますが、ある日神父さんは「今イエス様は散歩に行っています」と説教で話しました。イエス様だけ誰かに持ち去られたのです。それでも同じところに、今も新しいイエス様を迎えて飾り付けています。
 今年は春日部教会の前にも馬小屋が作られました。すでに何人かから、すごいですねマリア様ですか?などの声が聞かれています。
 町のクリスマスは スノーマン サンタクロース 電飾などの光の洪水
インマヌエルとしておいでになったのに、共にいたくておいでになったのに、どこにもその姿はありません。クリスマスは主がわたしたちと共にいるために誕生した日なのに・・・
でもそのことを、馬小屋の飾りは口で言わなくても伝えてくれます・・・それが教会のクリスマスです。

 さて今日の福音ですが、ルカはマリアへのお告げでキリスト誕生物語を展開していますが、マタイはヨゼフに対するお告げを重視しています。ダビデの系譜を大切にしているのでしょう。

 密かに縁を切ろうと決心した。・・・この短い言葉の中に、ヨゼフの苦悩が読み取れます。
ユダヤでは結婚まで三つの段階がありました。許嫁、婚約、結婚
許嫁(いいなずけ)、しばしば二人が子供のころに決められました。両親や仲人によって
婚約、律法はほとんど結婚と等しい権利と義務を婚約の状態に認めました

期間は結婚準備が整うまで、ほぼ一年でした。婚約者が未来の妻の父親に送るモハルと呼ばれる婚資の贈与がなされると婚約期間は終わったといいます。(イエス時代お日常生活Ⅰ)

 そして姦淫の罪を認められた婚約者は、まだ結婚していなくても、妻のごとく投石されて殺されなければなかったのです。

 「わたしの主が御自らあなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名をインマヌエルと呼ぶ。」(7の14)

このイザヤの預言の乙女と訳されている言葉は、ヘブライ語で「アルマ」といい、娘や若い女性をあらわす言葉です  (処女は ベテュラー ベテュリム)

 イサクの花よめさがしに行った僕が、泉の傍らに行き水を飲ませてくれた乙女(アルマ)が神ののぞむ花よめ (創世記24の43)
 ナイル川で葦のかごを見つけた王女が乳母を求め、モーセの姉を「娘」アルマと呼んでいます (出2の8)

これらの用例は 未婚の若い女性を表しています。
また 雅歌 6の8の 「王妃が六十人、側女が八十人/若い娘の数は知れないが・・」という歌の中の若い娘は既婚とおもわれる・・ということです。

 ですから、神学者の中には、イザヤが処女を考えていたかどうかはわからないと言う人もいます。旧約聖書がメシアを表す時、母がどんな女性であるかに興味を持っていないから・・というのがその理由です。
 しかしセプツアギンタ(70人訳)と呼ばれる旧約聖書のギリシャ語訳は、処女を表すギリシャ語パルテノスと訳しまた (パルテノス 処女 )
そしてマタイ1の23はこの70人訳からの引用をしています。

イエスとインマヌエル

 その名はインマヌエルと呼ばれるとあるのに、イエスと名付けなさいとあります。
ここに疑問を持ったことはありませんか?
 イザヤと天使の言葉が食い違っているのでしょうか。そうではありません。
「神は救う」という名のイエスは「神は我々と共におられる」というインマヌエルとしてこの世に来られ、わたしたちの間に生きておられる方なのです。
マタイはその福音をインマヌエルで始め、インマヌエルで終えています。
「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」・・・マタイ28の20

 そして、ねむりからさめたヨゼフは天使の言葉に従ってマリアを受け入れイエスと名付けました。イエスと名付けることによって、聖霊によって生まれた子は、ダビデの血筋に入れられました。ダビデ家は神のえらびのシンボルであり、そこからメシアが出ると言われてきた家です。

ヨゼフの承諾によって、マリアのフィアット(お言葉どおりこの身になりますように)という承諾の言葉は、実を結ぶことができたのです。

司祭の言葉 12/11

待降節第3主日(A年) 

 今日はガウデーテの主日です。
入祭唱はGaudete in Domino semper: iterum dico ,
Gaudete. Dominus enim prope est.
主にあっていつも喜べ。重ねて言う、喜べ。確かに、主は近い・・と謳います。

 そして司祭は喜びを表すバラ色の祭服を身に着け、アドベントクランツのロウソクも今日はバラ色のロウソクを灯します。ドイツから生まれた飾りつけだと言いますが、待降節の4つの主日をあらわすロウソクと、緑を失わないので生命のシンボルとされる常緑樹の枝で輪を作り飾ります。そこに、赤い実のついた刺のある山帰来の枝を飾ります。サンキライは別名:猿とり茨ともいわれ、刺はキリストのかぶった茨を、赤い実はその血を象徴します。また秋の実りを象徴する姫リンゴや松ぼっくりなども飾られます。

 さて、今日の福音は、洗礼者ヨハネについての個所です。
救い主の到来を準備するために悔い改めの洗礼を呼びかけたヨハネですが、彼は牢獄の中にいます。彼はイエス様にヨルダン川で洗礼を授けた時、すでにイエス様を「来(きた)るべき方」、「世の罪を取り除く神の子羊」と認めていました。それにもかかわらず、なぜ今「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」と自分の弟子たちに質問させたのでしょうか。
 人間は努力する限り迷います。この迷いを意図的に切り捨て、偽りの確信を作り上げ、その確信を声高に宣伝し始めると世は荒れ果てます。ヒットラーが民族浄化を推し進めたとき、何百万ものユダヤ民族の犠牲者を生み出しました。プーチン大統領も今この偽りの確信にたって戦争を引き起こし、多くの犠牲者を出しているのかもしれません。

 この質問について二つの見方があります。
 一つは、洗礼者ヨハネは捕らえられ、自分が死を迎えることを予感していたので、自分の弟子たちの目をイエス様に向けさせ、イエス様のもとへ導くために、こういう指示をした。洗礼者ヨハネ自身はイエス様が「来るべき方」だということを疑ってはいないとの見方。

 そしてもう一つは、ヨハネが思い描いていた「来るべき方」のイメージと、イエス様のイメージが大きく違っていたので、ヨハネにも迷いが生じた。
 ヨハネは確信をもって「悔い改めよ。斧はすでに木の根元に置かれている」と来るべき方について告げ知らせましたが、ヨハネが思い描いていたのは「神の怒りと裁きをもたらす方」でした。ヨハネはイエス様の実際の活動を見聞きして、それが自分の考えるキリストのイメージと違うことに戸惑ったのではないか・・というものです。

 そしてイエス様の答えは、イエス様の周りで実際に何が起こっているかに目を向けさせるものでした。それは旧約聖書の救いの到来に関する預言の成就と言えることです。
 「そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。そのとき、歩けなかった人が鹿のように躍(おど)り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う」(イザヤ35章5-6節)
  「主はわたしに油を注ぎ、主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために」(イザヤ61章1節)

 イエス様が行う奇跡はイエス様自身の偉大さを示す為のものではなく、神の声が響き渡り、新しい時代が到来していることのしるしです。ヨハネはそのことを知って、イエス様こそが来るべきお方であったと確信したことでしょう。

 そしてイエス様は、「およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大なものは現れなかった」とヨハネを讃えるのですが、「しかし、天の国で最も小さなものでも、彼よりは偉大である」と続けます。
 これはどのような意味でしょうか。

 イエス様によってもたらされた真理、神の奥義は、「神は愛である」という審理です。
この真理は十字架によって明らかになりました。
洗礼者ヨハネはこの真理を知ることができなかったのです。

 ヨハネの使信は福音ではありませんでした。 それは滅亡の警告でした。
神の愛の長さ、広さ、高さ、深さを人が知るためには、十字架が必要だったのです。
そして私たちにはそれを知る恵みが与えられたのです。  

バークレーが紹介する話があります。
「毎日夕方、家の窓から外を眺めると、点火係が道路のランプを灯しながら歩いてゆくのが見えたが、その男は盲人だった」というのです。彼は自分では見ることのできない光を他人のためにともしていたのです。

ヨハネは自分の見ることのできない十字架のために、人々を回心へと招いてくれたのです。主イエス様が讃えた偉大な預言者でした。      

Deo gratias 神に感謝。

司祭の言葉 12/4

待降節第2主日

 クリスマス商戦は今たけなわです。クリスマスの準備は出来ましたかと、お店に誘います。TVではおいしそうなデコレーションケーキの画像が流れ、それを口にほおばり満足そうに微笑む女の子の顔が映し出されます。その準備とは、クリスマスプレゼントとパーティーの支度、楽しくクリスマスの夜を過ごすためのホテルやケーキの予約などです。
 今日の福音はバプテスマのヨハネを通して心の準備を呼びかけます。
 教会の玄関も畳の部屋もクリスマスの飾りが施されました。でもお御堂の中は、アドベントクランツだけです。教会はクリスマスの喜びを先取りしてしまわないように注意しなさいと呼び掛けています。

 モーセと預言者たちの言葉で聖書は構成されています。イスラエルの歴史の中で神の言葉はモーセと預言者たちを通じて語られてきました。イスラエルがパレスチナに定着したのちも、列王記の時代にも、アッシリアやバビロニアの支配に苦しんだ時も、ペルシャの支配が及んだときにも、いつも預言者がいました。

 旧約の預言者は救いの日の到来を次のように約束しました。今日の第一朗読です。
「その日が来れば/エッサイの根は/すべての民の旗印として立てられ/国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く。」 イザヤ11の10

 しかしその後は、ギリシャの支配下でもローマの圧政のもとでも預言者は現れませんでした。400年もの間預言者は一人も出ず、預言者の声は一言も聞かれなかったのです。当時ユダヤ人たちは預言者の声が途絶えたことを悲しんでいたのです。

 そのような中、400年ぶりに、荒れ野にひときわ大きな声が響き渡りました。
バプテスマのヨハネは悪を見つけ次第、大胆に摘発しました。 ヘロデ王が律法に反した不正な結婚をすればそれを非難し、パリサイ人やサドカイ人が儀式中心の形式主義におちいれば、はばかることなくそれを糾弾しました。預言者の出現です。

歯に衣着せず厳しい言葉で糾弾します。
マムシの子ら・・・と呼び掛けます。 彼らは宗教的な生き方を装っているが、そこから生まれる実は傲慢と独善という毒でしかないからです。
ふさわしい実を結べ・・・といいます。罪の告白を伴う洗礼、神が、地上に支配を及ぼそうとしているという現実に目を向け自分の生き方をそれにゆだねることを求めています。

そして来るべき方を予告します。
そのお方は手に箕をもって、麦と籾殻をもふるい分けるお方であると。

 当時の人々は・・メシアに先駆けて預言者エリアが来ると信じていました。

 一つの預言があります。マラキの預言 (3の23)は次のように言います。
「見よ、私はわが使者をつかわす彼は私の前に道を備える。」

 そして列王記下1の8には次のような箇所があります。
 アハズヤはサマリアで屋上の部屋の欄干から落ちて病気になり、使者を送り出して、「エクロンの神バアル・ゼブブのところにへの行き、この病気が治るかどうか尋ねよ」と命じます。その使者にエリヤが神から遣わされアハズヤへの神の言葉を告げます。

 使者たちが帰って来たので、アハズヤは、「お前たちはなぜ帰って来たのか」と尋ねた。彼らは答えた。彼らは答えた。「一人の人がわたしたちに会いに上って来て、こう言いました。『あなたたちを遣わした王のもとに帰って告げよ。主はこう言われる。あなたはエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして人を遣わすが、イスラエルには神がいないとでも言うのか。それゆえ、あなたは上った寝台から降りることは無い。あなたは必ず死ぬ』と。アハズヤは、「お前たちに会いに上って来て、そのようなことを告げたのはどんな男か」と彼らに尋ねた。「毛衣を着て、腰には革帯を締めていました」と彼らが答えると、アハズヤは、「それはティシュベ人エリヤだ」と言った。

らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていたヨハネの姿は、エリヤを彷彿とさせました。そして人々は続々と集まってきました。

 地震は大地がズレ動いた時に生じます・・  断層・・  地上のものは倒壊する
 今は全てがうまくいっているように見えてもズレは必ずはっきりとした形であらわれます。

 罪とは神に背をむけて生きてきた人間と神との間に生じたゆがみ、溜め込まれた負の力です。神の支配が始まろうとする今・・・このズレで生じる負の力を無くす必要があります。
 そのためヨハネは罪の告白を伴う洗礼を施し、人々の生きる道を神へとまっすぐにむけさせようとします。

司祭の言葉 11/27

待降節第1主日A年

 お早うございます。いよいよ待降節に入りました。待降節はキリスト誕生の祝日を準備すると同時に、キリスト再臨への備えもするようにと促す季節です。

 先週のワールドカップ日本対ドイツ戦をご覧になられましたか?私は心臓が弱いからハラハラドキドキはダメなんです。いてもたってもいられなくて。だから翌日のニュースを見てそのあと流れる映像を何度も見ました。
 その時、5チャンネルがサウナで観戦するお客さんの様子を映していましたが、「ずーっと入っているわけにはいかない、のぼせるから。」そう言って水風呂に入っていた方が出たときに、「いま日本の追加点が入りましたよ」といわれると、「ほんとですか、ほんとですか、本当に入ったんですか?」そういって、点を入れた場面を見逃したことを悔しがり、「取材を受けている場合じゃない、もう出ます。」そう答える場面がありました。見逃したのは本当に悔しかったでしょうね。

 このところテレビでは、次のような言葉を言う場面が放映されています。「皆さんご存じでしょうか、いざというとき、葬儀社を選ぶために残された時間は数時間だということを」葬儀社の宣伝ですね、今のうちにうちの葬儀社を選んで、備えておいてくださいという。

 今日のみ言葉は、イエス様が弟子たちに向かって「あなた方も用意しなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」と注意を促す場面です。イエス様は人々がごく平凡な日常の営みをしている時に、思いがけない形でその時が来るといいます。そして二人いれば一人は連れてゆかれるが、もう一人はこの世の混乱の中に取り残されるとかたります。連れてゆかれるというのはどこへでしょうか、一人は救われ神の国に入るが一人は滅ぶということでしょう。
 東日本大震災の時に、いつも「津波てんでこ」の言葉を口にしながら避難訓練をしていた小学生たちは、一人もかけることなく避難して助かり、石巻の奇跡といわれました。避難訓練をして備えていたから、訓練通りにすることによって大津波の時に助かったのです。

 「家の主人は泥棒がいつ頃やってくるかを知っていたら、目を覚ましていてみすみす自分の家に押し入らせはしないだろう」とイエス様は言います。
 ここで。「いつ頃」と訳されている言葉は、Φυλακη(フィラケー)という言葉です。ラテン語ではvigilia(夜警時間)といいますが、ローマでは、夜を4つの夜警の時間に区切り別々の班が夜警を担当しました。一つの夜警時間はおよそ3時間になります。ですからここは、夜の第1第2第3第4夜警時間の、どの夜警時間に来るかわかっていたら・・・という意味になります。
 また「押し入る」と訳されている言葉は、穴をあけるという意味の言葉で、「家に穴を開けて入らせはしない」というのが原文の意味です。当時の泥棒は家に穴を開けて侵入していたのでしょう。だとすれば、その家は穴をあけて入れるほど粗末な作りだったということになります。

 聖書学者バークレーが紹介している童話があります。
 見習いの弟子の悪魔たちに卒業試験として問題が出されます。彼らは悪魔の頭サタンに、人間を滅ぼす計画を出すのです。最初の弟子は「私は人間に、神はいないといいます」というと、サタンは、「そんなことでだますことはできない、神がいることはみんな知っている」と答えます。二番目の弟子は、「私は人間に、地獄はないというつもりです」と答えます。するとサタンは、「そんなことでだまされるものは誰もいない。罪に対して地獄があることはみな知っている」と答えます。すると三番目の弟子が「私は急ぐ必要はないといいましょう」といいます。するとサタンは「行きなさい、お前はたくさんの人たちを堕落させることが出来る」というのです。
 時間が十分にあると思うことは、最も危険な錯覚だ・・・ということでしょう。

 「あなた方も用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである」・・この主イエスの言葉を、いつも心に刻んでおきましょう。

司祭の言葉 11/20

王であるキリストの祝日C年

 突然ですが、皆さんはバチカン市国の紋章を知っていますか。
 交差する金と銀のカギ。その上に三重の王冠(教皇冠)が描かれています。
 天国と煉獄とこの世の教会の王であるキリストの代理者ということでしょうか。王冠を三つ重ねた、銀に金をかぶせた金冠です。
 教皇がペトロの座に就くときには、1305年からパウロ6世(1963~1978)の時まで戴冠式が行われてきました。第2バチカン公会議ののちパウロ6世はこの教皇冠を使用せず、貧しい人々のために売却しようと考えました。その結果、ワシントンの無原罪の聖母教会に展示され、収益は貧しい人のために使われることになったそうです。その後のヨハネパウロ1世、ヨハネパウロ2世、ベネディクト16世、フランシスコも教皇冠の戴冠式を行っていません。
 その教皇の紋章にもこの三重の冠が描かれてきました。しかし、ベネディクト16世もフランシスコも紋章に教皇冠を描かず、ミトラ(司教冠)を描いており、教皇冠を描くことは過去のものになりつつあるということです。
 そういえばロシアの主教がミサの時にかぶるものも、王冠のようなデザインです。

 教会の聖人伝には沢山の聖人が載っています。でも、暦に載っていない聖人が一人だけいます。この聖人については、教会は聖人だと宣言していません。でも天国にいることは確実なのです。イエス様が保証しているのですから。
 この暦に載っていない聖人は、どうして聖人になれたのでしょうか。なんの難しいこともありません。 たった一言葉でなれたのです。その魔法のような言葉とは・・・「あなたの御国においでになるときには、私を思い出してください。」 イエス様を王として認めた言葉・・・これです、天国に往く秘訣は。簡単ですね。 心から、そう言えばよいのです。・・・それでイエス様は天国を保証したのです。

 王であるキリストという言葉とともに思い出すのは、映画ブラザーサン・シスタームーンの一場面です。戦争から病を得て帰り、ようやくよくなって家族と共にミサに出ている折のことです。金持ちたちは前の席に座り、貧しい人たちは教会の後ろのほうで跪まずいてミサにあずかっています。フランチェスコは後ろにいる貧しい人たちを見ながら、きらびやかな衣装に包まれ金の冠をいただく王であるキリストの十字架を見つめ、着飾った自分の衣装の襟元をつかみながら「違う!」とおおきなこえでさけぶのです。

 韓国がまだ軍事独裁政権だったとき、その政権に抵抗し続けた金芝河(キムジハ)という詩人がいます。彼は『荊冠(けいかん)のイエス』という戯曲を書いています。
以下、被差別部落解放と聖書的解放を結びつける神学。『荊冠の神学』を著した栗林輝夫さんの本からの引用です。

 この戯曲の場面は、ある小さな韓国の町である。そして三人の主要な登場人物は、明らかに社会の底辺に生きる被差別者である。「ライ病人」「乞食」「売春婦」は、ある寒い風の晩、腹を空かせ、自分たちの不運を嘆きながら、肩を寄せあって座っている。彼らのすぐ側には「黄金の冠」をいただいたイエスの像がおかれている。それはかつて次のような「ある大会社の社長」の祈りによって立てられた像だった。
 「イエスよ、金の冠は、全くあんたにお似合いだ。その冠をかぶって、あんたは実にこの世の王だ。いや王の王だ。その冠であんたは全くハンサムだ。けれどイエスよ、あんたのその金の冠が、去年のクリスマスに、忠実な僕、私の寄付で作られたことを忘れないでほしいね。・・・・イエスよ、私にしこたま金を儲けさせてくれ。そうしてくれりゃあ、次のクリスマスには、私はあんたの体全体を金箔で飾ってやろう。」

 さて、このイエス像は、肩を寄せあい語らっている貧しい三人の前で突然に、
「どうか自分を虜囚の身から自由にしてくれ、解き放ってくれ」と懇願して叫び始める。「私は社会で苦しむものらを救うために、まず自分自身を解放しなければならない。大教会の神父や司教たち、実業家、政府の高級役人らは、私をこうして虜のままにして、自分らの利益のために私を利用している。」
---そうイエスは嘆くのである。これを聴いた「ライ病人」は、おそるおそる、
「どうすればイエスよ、あなたを自由にすることができますか」と尋ねる。するとイエスの像は直ちにこう叫ぶ。
「それを可能にするのは、おまえたちの貧しさ、おまえたちの知恵、おまえたちの柔和な心、いや不正義に反抗する、おまえたちの勇気。・・・・私には荊冠がふさわしい。金冠など、無知で欲深く腐ったものらが、外見を飾るために私にしたお仕着せなのだ。」そう語り、金の冠を外して荊の冠を被せてもらう。

 金芝河はこうして、この世界の権勢家によって備えられたイエスの「金冠」に、差別された者らの「荊冠」を対峙させ、イエスとは元来、荊冠をかぶる者であるという。
(栗林輝夫『荊冠の神学』p.216-217)

 しかし実際には、金冠をいただくキリストの像や絵はほとんど見ることがありません。画家たちの描く王であるキリストの絵画は、荊の冠を被ったキリストです。キリストの王冠は荊の王冠なのです。
 では、この王はなぜ殺されたのでしょうか。光としてきたからです。闇を好むものにとって、光は命取りです。どうしても、抹殺する必要があったのです。
 イエス様は「あなた方は世の光である」といいました。私たちは世の光なのです。そのことを忘れていたなら、今日こそ荊冠のイエス様をわたしたちの王として認め、「私を思い出してください」と祈りながら、私たちの光を高く掲げましょう。

司祭の言葉 11/13

年間第33主日C年

 今日の神殿の崩壊予告と終末の徴について語る話は、マタイとマルコにも並行個所がありますので、マルコの記述から、出だしの「ある人たち」というのが、ペトロ.ヤコブ.ヨハネ.アンデレの4人だったことがわかります。
 ある聖書学者は、ユダヤ教の神殿を手放しで賛美するような格好の悪いことを使徒たちにやらせたくなかったので、ルカは四人の名前を出さず「ある人たち」にしたのだろうと語っています。ガリラヤの田舎から来たお上りさんである弟子たちは、度肝を抜かれていたのでしょうか。
 この神殿については、歴史家のフラビウス・ヨゼフスが、その著書「ユダヤ戦記」の中で、「ヘロデは、治世第15年に神殿を修復するとともに、周囲に新しい石垣をめぐらして、神殿を2倍に広げた。はかり知れないほどの工費を投じ、その規模の壮大なことは他に類がなかった。その例証として、聖所の庭を取り囲む大柱廊と、北側にそそり立つとりでなどをあげることができよう」と述べています。
 聖書学者バークレーは、神殿の表玄関と回廊の柱は、白大理石の円柱で、12メートルの高さを持ち、それが継ぎ目のない一本の石でできていた。献納物について言えば、もっとも有名なのは純金でできた大きなブドウの木で、その房は人間の背丈ほどもあった・・・と述べています。
 しかしイエスは、「あなた方はこれらのものに見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る」とおっしゃるのです。

 続く終末の徴は、「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。またそのことが起こるときにはどんな徴があるのですか?」という質問に答えるものとなっています。

 エルサレムの神殿は、福音が書かれた時すでに崩壊していました。70年ローマ軍によって。著者はこの出来事と重ね合わせながら、イエスと弟子達の会話、その頃の想いを思いおこしながらペンをとっています。

 神殿はヤーウェが自らそこに住むようにえらばれた聖所であり、「主の座」(エレミヤ3の17)と呼ばれているくらいでです。 そのエルサレムの神殿ががたがたと音を立てて崩壊するとすれば、それこそ世も末です。
 けれども、たとえ何事がおころうとも、主キリストを信じて生きる人はうろたえてはいけない・・・「あなたはわたしの名のために全ての人から憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛一本も失われることはない。自ら堪え忍ぶことによって、自分の魂を救わなければならない。(ルカ21の17)」と、主は戒めておられます。

 いま世界は大変な苦難の中に突入しています。終末の時がやってきたかのような様相を呈しています。

 ウクライナとロシアの戦争は、まだ終わりが見えません。プーチン大統領はウクライナ侵攻を、「サタン化を阻止するための戦いだ」と正当化しています。戦術核が使われる恐れがあるともいわれています。
 また、中国の覇権主義、北朝鮮の相次ぐミサイル発射の挑発行為 オミクロン株による新型コロナウイルスによるパンデミック そして気候変動による干ばつや豪雨、台風やサイクロンの大型化 海面上昇による国土の消失。そして飢餓の問題。エトセトラ。

 今まさに国連の気候変動会議・コップ27がエジプトで、6日から18日までの予定で開かれていますが、世界は一つになれるのでしょうか。本当に心配です。

 キリスト者は傷だらけになっても、倒れても、倒れても再び立ち上がって、常にパウロのように、「私はよき戦いを戦った」(テモテ4の7)ということの出来る兵士、善戦した強者である筈です。
 私たちそれぞれにできることに力を尽くしながら、ともに、世界の平和のために祈りたいと思います。

 今日のミサの中で、コップ27の成功と世界の平和のために祈りましょう。