司祭の言葉 11/16

年間第33主日 ルカ21:5-19

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

翌主日は待降節前主日。教会歴の一年の締め括りの翌主日を、教会は「王であるキリスト」の祭日として祝います。主イエスの御降誕に備える待降節に入る直前の主日に、クリスマスに聖母マリアさまの胸に幼子としてお迎えする神の子キリストこそ、わたしたちの真の王、唯一の主であることを深く心に刻ませていただくためです。

ただし、「王であるキリスト」を祝う主日に読まれる福音は、主イエスの十字架の犠牲の死を語ります。まことの神である主イエス・キリストは、わたしたちの唯一の王となってくださるために、十字架上で王として即位されるからです。(ルカ23:35-43)

主イエスはそのために、すでにエルサレムにお入りになっておられます。今日の福音は、ご自身の十字架を間近に控えての、主の「終末の予告」の冒頭の部分です。主の終末の予告全体は、エルサレムの神殿の崩壊の予告に始まり、神の都エルサレム全体の滅亡の予告を経て、栄光の王キリストの来臨の予告をもって結ばれます。

主イエスの「終末の予告」は、「ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話しているとイエスは言われた」ことを契機に語りだされています。主は彼らに仰せです。「あなたがたはこれらの物に見とれているが、(エルサレム神殿の)一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」

天の父なる神は、地上にご自分の「聖名」を置かれるために、人に神殿を建てることを許されました。その神殿を中心に建設された町がエルサレムです。そうであれば、エルサレムに住むことを許される主の民に、主なる神がお求めになられることはただ一つです。それは、主の民が、主がご自身の「聖名」を置かれた神殿に集い、主の「聖名」を、すなわち主なる神を賛美・礼拝させていただくことです。

地上に、主なる神がご自身の「聖名」を置かれる。それは、いかなることなのでしょうか。それは、主ご自身がそこでわたしたちにみことばを語り、祈りをお聞きくださるということです。そのようにして、主がわたしたちにお会いくださる。主のみことばに聞き、祈ることによってわたしたちは主にお会いさせていただけるのです。

しかし、神の「聖名」が置かれた町で、人々はこれまでいかに振舞って来たのでしょうか。主イエスはエルサレムにお入りになる前に、次のように嘆いておられました。

「わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはありえないからだ。エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられる。」

神殿がいかに素晴らしくとも、人の手で造られた神殿がわたしたちを救う訳ではありません。神殿の内に主なる神が置かれた「聖名」において、神がわたしたちにお語りになる「神のことば」によって、すなわち、神によってわたしたちは救われるのです。エルサレムの人々は神殿を誇っても、「神のことば」に聞こうとしませんでした。それどころか、彼らは、「神のことば」を携えた「預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺してきた」。彼らが、時を置かずに「神のことば」ご自身である主イエスをさえ十字架に付けることになることを、主はすでにご存知です。

確かに、主イエスが今日の福音で「予告」された通り神殿は崩壊し、「神のことば」に聞かぬエルサレムの町は滅亡します。罪によって滅びゆくエルサレムで、しかし罪にもかかわらず、滅ぶことをお望みにならないわたしたち罪人のために、実に十字架上で、主イエスは「まことの王」・「栄光の主」として即位されるのです。

ヨハネによる福音も、エルサレムの神殿崩壊を示唆する主イエスのおことばを伝えています。主がエルサレム神殿から両替人等を追い出された際に、主に抗議したユダヤ人たちに主は応えて、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直して見せる」と仰せでした。彼らが主に、「この神殿は建てるのに46年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と詰め寄った時、福音は次のように告げます。

「イエスの言われる神殿とは、ご自分のからだのことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスのことばを信じた。」(ヨハネ2:21,22)

神の「聖名」「神のみことば」なる主イエスは、わたしたちに十字架のご自身のからだをもってまことの「神殿」とし、復活の主ご自身をもって、聖霊によって神なる主とわたしたちとの出会いを、今ここに成就してくださるのです。それがミサです。

父と子と聖霊のみ名によって。  アーメン。

司祭の言葉 11/9

ラテラン教会の献堂 ヨハネ2:13-22

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

今日、ローマのラテラン教会の献堂を記念しています。ラテラン大聖堂は、使徒ペトロの後継者であるローマ司教(教皇)の「司教座」聖堂として、320年頃、ローマ皇帝コンスタンティヌスによって献堂されました。当初は「救世主(キリスト)大聖堂」と名付けられたラテラン教会は、「ローマ司教座」の特別な重要性から、「ローマと世界のすべての教会の母であり頭」と呼ばれて来ました。

コンスタンティヌス大帝こそ、313年のミラノ勅令によって教会を公認・保護し、長く続いたローマ帝国による教会の迫害に終止符を打たれた方です。後に、紀元380年には皇帝テオドシウス1世により、カトリック教会はローマ帝国の国教とされます。その際のカトリック教会とは、ローマ司教を「信仰の保護者」とする、ローマ、コンスタンティノープル、アンティオキア、アレキサンドリア、そしてエルサレムの五大司教区の全体のこととされていました。

コンスタンティヌス大帝は、キリストの十二使徒の頭・聖ペトロの殉教の記念として、同じローマに、聖人の墓所を覆うようにして聖ペトロ大聖堂をも献堂していますが、14世紀初めの教皇のアビニヨン捕囚までは、ラテラン大聖堂が、聖ペトロの後継者としてのローマ司教(教皇)の「司教座」聖堂であると共に、「使徒座」聖堂としての機能を果たしていました。その後1377年の教皇のローマへの帰還の後は、ラテラン教会に代えて、聖ペトロ大聖堂が、特に「使徒座」聖堂とされ、教会一致の目に見える中心として現在に至っています。

今日の祝日は、五大司教区中ローマ司教区の祝日として長く西欧でのみ祝われていましたが、16世紀以降、世界に広がったローマ典礼の全教区によって、「ローマ司教」である教皇との一致と親愛の徴として祝われるようになりました。

さて、今日の福音は、キリストの「宮清め」の出来事と呼ばれてきました。ヨハネによる福音は、主イエスの宣教の始めに、この出来事を伝えています。しかし、同じ出来事をマタイ、マルコとルカの福音は、聖週間のこととしています。

マタイ等は、宮清めの時、主イエスは「わたしの家は、祈りの家でなければならない」とのイザヤの書からのことばをお語りになられたと伝えています(マタイ21:13)。今日のヨハネによる福音は、同じ時、主イエスは、エルサレムの神殿を「わたしの父の家」とお呼びになられたこと、さらに、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直して見せる」と仰せになられたと伝えています。

ヨハネによる福音は、この主イエスのおことばに続けて、「イエスの言われる神殿とは、ご自分のからだのこと」であり、そのことを、「イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこういわれたのを思い出し、聖書とイエスの語られたことばとを信じた」との説明を加えています。

ラテラン大聖堂は、時のローマ皇帝によって、使徒ペトロの歴代の後継者であるローマ司教(教皇)の「司教座及び使徒座」大聖堂として献堂されました。このことの教会史、否、人類史における意義の重大さは、改めて申し上げるまでもありません。但し、復活のキリストのからだである教会を、主イエスご自身が「岩」と呼ばれた使徒ペトロの上に建てられるのは、あくまで主ご自身です。

主イエスは、「あなたはメシア、生ける神の子です」との使徒ペトロの告白に応えて、次のようにはっきりと約束されました。(マタイ16:16-18)「シモン(ペトロ)、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ(「岩」)。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。」

そうであれば、主イエスご自身によって、「岩」なるペトロの上に建てられた主ご自身のからだである教会の内に働かれるのは、主のみことばと、みことばをわたしたちに恵みとして実を結ばせてくださる聖霊に他なりません。

その時、教会は、正しく、「祈りの家」と呼ばれます。「祈り」こそ、神とわたしたちを結び合わせてくださる聖霊の働きの見える姿、その働きの実りだからです。「祈り」は、ご自身をわたしたちにお与えくださる奉献の主イエス・キリストご自身であり、聖霊によって働き、わたしたちに実を結ぶ神のみことばです。

主イエスは仰せになられました。「わたしの家は、祈りの家でなければならない。」

教会は「祈りの家」。「祈り」そのものである主の家。この祈りの家で、キリストによって、神のみことばと聖霊の恵みに満たされます。それがミサです。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。